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固有の安全性[用語2]を有する溶融塩高速炉の研究 - 過渡・事故でも制御棒は不要 -

2022年11月21日

要点

  • 制御棒を有しない溶融塩高速炉[用語4]に従来の原子炉では炉心が破損するような異常を想定
  • 燃料ポンプが自動停止することで原子炉出力は崩壊熱[用語5]出力に移行する
  • 溶融塩の種類、中性子スペクトルによらず基本特性は大きくは変わらない
  • 溶融塩高速炉は、どのような異常な場合にも安全な状態に移行する固有の特性を有している

概要

制御棒を設置していない塩化物溶融塩高速炉システムに対して、システムコードRELAP5-3DとCFDコード[用語3]FLUENTに核動特性方程式を組み込んだコードを利用して、従来の原子炉では、制御棒が挿入されないと炉心が破損するような事象を想定した解析を行った。この結果、燃料ポンプが故障する事象は、特に何もしなくても原子炉は安全な状態を維持でき、従来の原子炉の燃料が破壊されるような大きな反応度が投入された事象でも、燃料ポンプが自動停止することで安全な状態に移行する事が解析的に明らかになった。崩壊熱に移行した原子炉システムは、動力を使わない自然循環により、空気で安全な状態に冷却されることも解析的に明確になった。

研究背景

溶融塩炉[用語1]は、安全性が他の原子炉システムより高いという点が福島事故以降着目され、海外では開発競争が進行中である。軽水炉などの安全性は、工学的安全施設を用いることで大きな事故に移行しないように保たれている。これに対して、溶融塩高速炉は自らの特性が安全な状態に移行する固有の特性を有しているため、人為的な間違いや外部からの異常が加わった場合でもシビアアクシデントに移行する事はないと予測されている。開発競争は、TerraPower社を筆頭とする主にベンチャー企業が中心であり、安全性に関する詳細はほとんど報告されていない。このため、溶融塩炉の安全性はどの程度なのかの判断が行えない状態である。日本政府や電力が「我が国でシビアアクシデントが生じることはない」と言っていたが、福島事故が生じてしまったことによって、日本人の多くには原子炉は非常に危険なものであるとの認識が定着している。しかし、米国、フランス、中国、韓国などの国立研究所は、ベンチャーと一緒に大きな予算で研究を支援し始めている。従来、日本では、原子炉の中でも溶融塩炉の研究が敬遠されてきた特殊な経緯があり、原子炉設計の経験を積んだ技術者でも、溶融塩炉は「紙に書いた餅」という人が多いのが現状である。安全でなければ、ナトリウム冷却高速炉の研究開発をやめてしまった米国が溶融塩高速炉の研究に資金を提供するはずがないのである。

日本では、100年程度で燃料が枯渇する軽水炉型を改良して使うことや、廃炉中のナトリウム冷却高速増殖炉「もんじゅ」と同型高速炉の安全性を強化して利用する研究に多くの資金が投入されている。これらの原子炉は、安全性は増すが、事故が生じる可能性はゼロではないため、地域住民に受け入れられない可能性も高い。しかしながら、日本におけるエネルギーの将来を考えた場合、二酸化炭素を排出しない核分裂炉からエネルギーを得ることが必要不可欠である。この事は、日本だけの話ではなく、海外の国でも同じである。そこで、研究対象の溶融塩高速炉のように安全な原子炉もある事を認識してもらい、選択の一つとして考えてもらうための材料を提供する必要が有る。また、溶融塩高速炉を実現するためには、化学、物理、工学のすべての分野を統合して研究する必要が有り、大学が大きな役割を果たすことのできる炉型でもある。

研究の成果

これまでに著者は、溶融塩炉を解析する手法を提案し、その手法が正しいものであることをアメリカのオークリッジ国立研究所で1960年代に建設され運転された溶融塩炉MSRE[用語1]のデータを利用して検証してきた。この手法を利用して、従来の原子炉では必ずシビアアクシデントになる過渡事象や事故事象を想定した解析を行った。解析対象の溶融塩高速炉は、制御棒を有しない塩化物組成の高速炉であり、熱出力が700MWtである。この原子炉は、熱交換器の基数で出力を調整するモジュラー型であり、1つの原子炉出力に対して研究しておけば、50MWtの小型から、2000MWtを超える大型の出力まで対応可能になる。

原子炉が制御棒を有していないということで、ほとんどの人は、本当に原子炉が安全なのか疑うのではないか。しかし、解析の結果、原子炉にとって最も厳しい事故である即発臨界を大きく超えるような反応度が投入される事故に対しても、制御棒や急速な燃料ドレンは不必要との結果である。この事故を従来の軽水炉やナトリウム冷却炉に想定した場合には、大きな機械的エネルギーが炉内で発生して燃料が破損することが実験的にも明確になっている。評価した反応度の大きさは、溶融塩炉の場合に加えられると想定される量をはるかに上回る大きさであるが、安全のためにはこのようなことも評価しておくことが重要である。この事故時には、出力が上昇した段階で燃料ポンプがインターロックで停止され、炉心温度が少し上昇することで大きな負の反応度が加わり、初めに加えられた反応度を帳消しにすることが解析によって明確になった。その他の事象として、発電所内の停電によって燃料ポンプが運転できない事象などは、何もしなくても原子炉自身が安全な状態に移行する事が評価された。

福島事故の場合は、原子炉は大きな地震によって停止されたが、その後の崩壊熱を除去するための機器や冷却水の供給に大きな動力を必要とするため、機能を発揮することができずシビアアクシデントになってしまった経緯がある。本研究対象の原子炉の場合は、動力を使わなくても問題なく供給できる空気を利用して、全て自然の力だけで原子炉が冷却できるかを解析によって評価しており、すでに「もんじゅ」に設置されてその能力が評価されている崩壊熱除去系の空気冷却器を「もんじゅ」とは異なり無動力で運転することで原子炉の温度は安全に推移する事が明確になった。

本研究においては、溶融燃料塩の物性値をこれまでに計測された物性値と理論式などを用いて予測したものを利用している。このため、溶融塩の物性を変化させた感度解析を行っている。これにより、本研究で明確になった固有の特性は、EUが開発しているフッ化物塩の溶融塩高速炉でも同じであり、過去に運転された熱中性子型の溶融塩炉でも同様な特性を有することが明確になった。

研究で評価した溶融塩高速炉は、核廃棄物を効率よく燃焼できる特性を有する事は他の研究者が報告している。今後は、原子炉の出力を火力発電所と同じように需要に合わせて給電できること、2次系の高温溶融塩のエネルギーを利用できる事等他の発電炉と比べて多目的利用ができることを示す研究が望まれ実施中である。また、原子炉を容易に起動する方法も研究課題の一つである。

図1 FLUENTコードを用いた熱交換器実験体系解析モデル i) 流路断面メッシュ形状、ii) 側面メッシュ形状、iii) 全体メッシュ形状

図1  提案している溶融塩高速炉の熱輸送システム概要

図2 採用したサインカーブを有する熱交換器流路形状  i) 流路断面メッシュ形状、ii) 側面メッシュ形状、iii) 全体メッシュ形状

図2 システムコードでの熱輸送系解析体系と連成したCFDコードの解析体系概要

図2 採用したサインカーブを有する熱交換器流路形状  i) 流路断面メッシュ形状、ii) 側面メッシュ形状、iii) 全体メッシュ形状

図3 大きな反応度が原子炉に加えられ、インターロックによって燃料ポンプが停止した場合の炉心出力と長期的な燃料温度挙動(DHRS: Decay Heat Removal System)

用語説明

[用語1]溶融塩炉 :
食塩などとウランなどの核分裂物質を600℃程度の高温にして溶融させ混合した状態で燃料として利用する原子炉のこと。
[用語2]固有の安全性 :
原子炉システムに生じた危険が、システム外からの操作、信号などの入力なしに、システム自体の有するメカニズムによって排除・抑制されることをいう。
[用語3]CFDコード :
Computational Fluid Dynamicsの略であり、流体力学の基礎式を数値的に組み込んだ解析コードで、種々の乱流などの流れを再現できるようにしている。
[用語4]高速炉 :
核分裂によって発生する中性子は高速であり、黒鉛などの減速材に衝突させて速度を落としたものを熱中性子と呼ぶ。高速炉は、高速の中性子を利用している原子炉であり、そのエネルギーで核分裂する物質を生産したり、核廃棄物などをさらに違う物質に転換させる能力を有する原子炉である。
[用語5]崩壊熱 :
原子炉内の核分裂連鎖反応によって生じた核分裂生成物が、自分自身の不安定性を解消して安定な物質に変わる場合に放出する熱のこと。
[用語6]MSRE :
1965年から1969年にかけて米国オークリッジ国立研究所で運転された熱中性子型の溶融塩炉であり、Molten Salt Reactor Experimentが正式な名前である。

論文情報

掲載誌 :
Journal of Nuclear Science and Technology, (2022), 2131647, 1-27.
論文タイトル :
Neutronics and thermal-hydraulics coupling analyses on transient and accident behaviors of molten chloride salt fast reactor
著者 :
Hiroyasu MOCHIZUKI
所属 :
東京工業大学科学技術創成研究院ゼロカーボンエネルギー研究所
DOI :
https://doi.org/10.1080/00223131.2022.2131647