注目論文の解説

溶融塩高速炉の核熱結合マルチフィジックス手法の検証

2021年5月6日

要点

  • 溶融塩高速炉(用語1)の炉心内核特性と熱水力特性を結合して数値流体力学コード (用語3) で解析する(マルチフィジックス)手法を検証
  • オークリッジ国立研究所で運転された溶融塩炉のポンプ起動・停止時の反応度投入事象を利用
  • 中性子動特性方程式の離散化が妥当なものであることが証明できた

概要

溶融塩高速炉は、遅発中性子の先行核が流出することによって遅発中性子割合に損失が生じ、原子炉運転時の割合は循環が停止している時に比べ低くなる。この事を考慮した動特性連立微分方程式を、跳躍近似を適用して離散化し、陽的に解が得られる手法を数値流体力学(CFD)コードFLUENTに組込んでいる。この離散化方法が適切なものであることを、これまでにアメリカ合衆国のオークリッジ国立研究所で運転された溶融塩炉(MSRE(用語4))のデータを用いて証明した。

研究の背景

溶融塩高速炉の炉心内は、液体燃料が循環しているため、核反応と温度分布は密接に結合している。いわゆる、核熱カップリング (用語2) の状態にある。このため、数値流体力学(CFD)コードを利用して溶融塩高速炉内部の温度分布を詳細に解析し、核動特性方程式と結合して炉心出力を評価する手法を提案している。連立微分方程式で表される動特性方程式は、跳躍近似を行って陽的に解析できるようにしている。このため、手法を検証する必要があった。

これまでに、溶融塩熱中性子炉(MSRE)が、アメリカのオークリッジ研究所で1965年から4年間運転された。この原子炉で燃料ポンプを起動すると、遅発中性子先行核が流出するため反応度に変化が生じる。ポンプ起動・停止試験は、ゼロ出力で実施され、制御棒を駆動して臨界を保っていた。この時のデータが公開され、本研究での検証に利用された。

制御棒は、制御回路を介して駆動されている。従来この過渡現象を解析した研究が数例あるが、制御回路を適切に模擬しているか不明であり、十分には試験結果を説明する解析結果にはなっていなかった。本研究では、中性子動特性方程式の離散化式と制御でよく利用されるPID(用語5)制御回路を図1に示すようにFLUENTコードにユーザープログラムUDFを介して組込み、この過渡現象を解析した。


図1 FLUENTコードに核動特性方程式とPID制御回路をリンクした解析体系

研究成果

燃料循環ポンプを起動・停止させた時の制御棒(CR)動作から評価した反応度変化を図2に示す。PID制御の定数によって、CRの挙動は変化するが、比例ゲイン1.0、積分時間4秒、微分時間0.2秒とした解析結果が、燃料ポンプ起動・停止の両計測値とほぼ一致する結果となった。ポンプ起動により、炉心に約225pcmの負の反応度がステップに近い状態で加えられる。このため、制御棒は制限速度で引抜かれ、静定する位置を通り過ごしてしまう。このため、現れているピークは、炉物理的特性ではなく、制御によるオーバーシュートである。この状態は制御定数によって異なるが、最終的に静定する値が計測値と一致することによって、動特性方程式の離散化が適切であったことが検証できている。停止の場合は加えられた負の反応度が元に戻る挙動である。ポンプが停止すると、先行核が炉心から排出されなくなるため、正の反応度が炉心に加わる。ポンプは瞬時に停止するわけではないため、反応度投入速度は、ポンプ起動に比べて緩やかになる。

この解析結果から、FLUENTに組込んだ核の動特性方程式と制御プログラムは正しく機能し、CFDコードで核動特性が解析できる事が証明できた。


図2 MSRE燃料ポンプ起動・停止時の反応度変化と解析結果

用語説明

[用語1] 溶融塩高速炉:
溶融した燃料塩を炉心に有し、高速中性子を利用して発電や廃棄物の消滅を行う原子炉。
[用語2] 核熱カップリング:
原子炉の核特性と熱水力特性が関係している状態であり、両方の特性を同時に評価する必要がある
[用語3]  数値流体力学コード:
流体力学の理論を用いて、層流や乱流の流れと伝熱の状態を計算機で模擬でき、Computational Fluid Dynamics (CFD)コードと呼ばれる。代表的なものにFLUENTがある
[用語4]  MSRE:
Molten Salt Reactor Experimentの略であり、オークリッジ国立研究所で開発され、1964年から4年間運転された溶融塩熱中性子炉
[用語5]  PID制御:
Proportional Integral Derivative制御の略であり、加算、積分、微分論理を利用して動作を制御する

論文情報

掲載誌 :
Nuclear Engineering and Design, 378, 111191, (2021).
論文タイトル :
Verification of neutronics and thermal-hydraulics coupling method for FLUENT code using the MSRE pump startup, trip data
著者 :
Hiroyasu MOCHIZUKI
DOI :
https://doi.org/10.1016/j.nucengdes.2021.111191